不定期不連続物語「蟲五郎幻行録」その337

【湖底】

とある治水ダムの人造湖、その湖底。

かつての都営団地を中心とする集落が、ひっそりと沈み込んでいる。

その団地建物のもっとも高い塔状部に据え付けられた時計盤の針は、きっかり垂直に上下をさしている。

博物館の展示模型のように、生命の息吹きを感じさせぬ、無機質なたたずまい。

群れなす魚影は、釣り愛好家の放った淡水黒スズキか。

尻の大きな女性ダイヴァが、魚を散らして深く潜ってゆく。

左右2枚のフィンが、積もった汚泥を巻き上げる。

利権の奴隷たちが残した悲しいオブジェが、土煙に姿をぼやかす。

古来よりこの地に眠っていた祖霊は、変わり果てた故郷の有り様を、どう感じているのか。

侵入したダム管理所に据えられた固定水中カメラの画面を見ながら、そんな思いにとらわれる蟲五郎であった。